阿江ハンカチーフ(3)革新と逆行――。相反する2つの要素を融合し、祖業の織物を時代に合わせて進化させてきた

前回の記事:阿江ハンカチーフ(2)『祖業の播州織技術を活かして異分野に進出し、自社ブランド展開を軌道に――

〝織り〟の魅力を肌で実感できる新たなブランドを

2013年2月には「Lumiebre(ルミエーブル)」に続き、ストールなどを手がける新たな自社ブランド「orit.(オリット)」を立ち上げた。



「ルミエーブルのブランディングで一定の成果を上げることができたので、次なる展開として祖業の〝織り〟に立ち返った第二のブランドをつくりたいと考えました」と阿江社長は狙いを話す。

同社は高級ハンカチの製造のために設備投資に力を入れてきた歴史がある。導入されているのは、ストライプや格子などの規則正しい柄を得意とするドビー装置搭載機、ドビーよりも複雑な模様が織れるジャガード装置搭載機、よこ糸をシャトルで飛ばす昭和50年代の力織機の3機種。

ジャガード装置搭載機はレピア織機(よこ糸を織物中央で受け渡す方式)と呼ばれる新しい世代の機種で生産能力が高く、1日に100メートル織り上げる。



ドビー装置搭載機もレピア織機で、1日の生産量は50メートル。



対する力織機は伝統的なアナログの機種で効率は悪く、1日にわずか20メートルしか織れない。



「さらに力織機は経(たて)糸が切れやすいのでその都度、結び直す手間があるなど、扱いが難しい機種でもあるんです。ですが非効率であるがゆえに、独特の柔らかい風合いに仕上げられるところが魅力ですね」

生産能力の高い革新的な織機を導入する一方で、時代と逆行するアナログの織機を用いた風合いも大切にする。

「まさに革新と逆行という、相反するふたつの要素を融合し、祖業の織物を時代に合わせて進化させてきたのが阿江ハンカチーフという会社なんです。その新旧の経営資源を活用し、〝織り〟の魅力や手触りの良さを実感していただける独自商品をつくりたいと考えたのです」

アパレル業界経験者を採用し、新ブランド開発プロジェクトを一任

そう力を込める阿江社長は、次なるブランドのコンセプト産出を自ら手がけるのではなく、立ち上げを一任する人材募集からはじめた。

そこで採用となったのが矢裂尚敬さん。大阪出身の矢裂さんは東京でアパレルの企画デザインに10年ほど携わったのち、阿江ハンカチーフの求人を見て2011年に入社することになった。



「織物が生み出されている産地でものづくりができる環境が何より魅力でした。ハンカチで培った技術を活かして新規ブランドを立ち上げるという募集でしたので、自分の経験を活かして提案できることがあるのではと考えたんです」と矢裂さんは産地に飛び込んだ経緯を話す。

阿江ハンカチーフの強みを整理し、肌にいちばん近い商品を――

入社後、矢裂さんは半年ほどかけて工場の職人から織物のいろはを学び、「産地には織布工場がいくつもあるなか、阿江ハンカチーフの特徴はなんだろう」と自分なりに考えたという。

「その結果、3つの強みがあると思いました。ひとつ目は経(たて)糸の並びを綿密に設計する整経(せいけい)技術、ふたつ目は高級細番手といった細い糸を織りこなす織りの技術、そして3つ目は力織機という古い機械が残っていることです」

これらの強みをすべて活かしたものづくりがしたい。では具体的にどのような商品ならそれが可能だろう――。

そう考えたとき、織りの原点に立ち返ることでおのずと答えが見えてきた。

「ハンカチって肌に近い商品だと思うんです。正方形の枠内で美しいデザインを表現し、肌触りの良い生地に織り上げる。当社にしかできない織りの技術や表現力をお客様に実感していただくためには、ハンカチと同じように肌に触れる商品、とりわけ生地に近い状態でお届けするのがいいと考えました。そこで最終的にストールからはじめることに決めたんです」

ストールは風合いや肌触りの良さを肌で実感できるうえ、糸の並びで美しい模様を表現することもできる。

「ストールは織機があれば比較的つくりやすい商品ではあるので、競争にさらされることはわかっていました。ですが阿江ハンカチーフならではの強みで差別化するにはうってつけの商品だと考えたのです」

祖業の〝織り〟に立ち返った新ブランド「orit.(オリット)」の立ち上げ

工場の職人と知恵を絞り、試作を重ねた結果、2013年に立ち上げた自社ブランドが「orit.(オリット)」だ。漢字で書くと「織人」となり、織る人、すなわち織物職人と生地づくりからともに考え、播州織の産地だからこそできる商品をともに生み出していくというコンセプトをブランド名に込めた。

「さらに『orit.』は〝ori(織り) iro(色) ito(糸)〟を融合した造語でもあるんです。播州織の特徴である先染めの色糸で織るという、当社の強みを盛り込んだ商品をつくりたいという思いを込めました」



こうして工場の〝織物職人=織人〟たちと試行錯誤し、打ち出した商品が『cen.(セン)』だ。ブランド立ち上げ当初に発表して以降、オリットの看板商品として人気が定着している。

「cen.は昔ながらの力織機で織り上げたストールです。生地端のミミを利用して表裏の生地をつなげ、大きな輪になる二重織りの大判ストールに仕立てました。普通に首に巻けばストール、輪の中に首を入れるとスヌード、そのまま羽織ればショールというように、いろいろな使い方ができる点が特徴ですね」と矢裂さんは説明します。



よこ糸をシャトルで運ぶ力織機で織るとデニムで見られるようなミミができる。このミミは生地の端がほつれないよう処理された部分をさし、2枚の生地を無縫製でつなぎあわせることができる。そのため「cen.」には縫い目がなく、首に巻いても生地の肌触りを損ねないのが魅力だ。さらに赤い糸を使うことで表現できる赤ミミがデザインのアクセントにもなっている。



「ほかにもcen.には播州織の特徴をいくつも盛り込んでいます。たとえば生地は見る角度によって色味や光沢が変わります。これは先染めの特徴で、経糸とよこ糸の配色を変えることで再現できるんです。玉虫色のようできれいでしょう」

糸にテンションをかけずに織る力織機だからこその風合い

さらにデザインの最大の特徴は、経糸の並びを設計する整経技術を駆使した複雑なグラデーションだ。

「薄い水色から数本単位で青の色を濃くしていくような緻密な設計をしているうえに、表は青、裏は紫というふうに表裏で糸の色を変える複雑な糸使いをしています。このストールに使われている3500本の糸のうち、たった1本でも並びを間違えればデザインに影響するので、職人さんにはいつも本当に助けられています」



仮に青と紫の糸が一箇所でも逆に並ぶと、そこに不要なラインが入ってしまう。矢裂さんの言うように、たった1本の間違いも許されないシビアな手仕事を〝織人〟がやってのけているのだ。



「ここまでこだわった商品をつくれるのも、自社機(ばた)を持つ阿江ハンカチーフという会社で職人さんと一緒にものづくりができるからこそです。産地の外でこんなに複雑なデザインを企画し、職人さんに外注するのは難しいと思いますよ」

しかもその緻密な設計のストールを、力織機という旧式の機械で織る手間もある。

「それでも力織機にこだわるのは風合いと肌触りのためです。力織機は糸にテンションをかけずに織るので驚くほど柔らかくて優しい風合いに仕上がるんです。1枚を織り上げるために大変な労力がかかりますが、だからこそ生み出せる肌感覚です。商品ができ上がるまでのストーリーに思いを馳せながら手にとっていただきたいですね」



「woven in japan」――それは日本で企画し、織っていることの誇り

オリットの商品は自社運営のネットショップや提携ショップで販売しているほか、展示会や百貨店の催事などにも積極的に出展し、商品の良さを実感してもらうための努力を続けている。今後はストールだけでなく、「少しずつ商品の幅を広げていきたい」考えだ。

「オリットは〝和製洋品雑貨ブランド〟と銘打っているんです。ストールに続く商品として、お客様からのご要望が多いハンカチを新たにつくりはじめました」

今後は、自社工場や産地内での生産体制を守る前提で雑貨を展開していくことも検討中だ。

「オリットの商品は〝made in japan〟ですが、あえて〝woven in japan〟と表記しています。日本の播州織産地で企画し、織っていることへの誇りです」

下請けの仕事に依存するのではなく、祖業の織りの技術を活かした独自ブランドを展開することが、自社と産地を救うために不可欠である――そんな阿江社長の思いが社内で共有され、オリットやルミエーブルとしてかたちとなり、いまや両ブランドは全社売上の3割を占めている。

今後は両ブランドで売上5割をめざし、「播州織の可能性をますます広げていきたい」と抱負を語る阿江社長。祖業の技術を活かした第二創業で、地場産業の老舗企業がどう発展していくか。今後も目を離すことができない。

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文・写真/高橋武男

【会社概要】
名称:阿江ハンカチーフ株式会社
事業内容:ハンカチーフ製造、各種生地製造、自社ブランド運営
所在地:〒679-0212兵庫県加東市下滝野593-1
電話:0795-48-2031
http://www.aehandkerchief.jp/

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