「椿三重奏団」を加東市に招き、本格的なクラシック音楽を子どもたちに|加東文化振興財団 主催「おん☆かつ2021」レポート




クラシックの演奏家が地域に出向き、アウトリーチとよばれる交流活動とコンサートをおこなう「公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)」(一般財団法人地域創造)。この加東市版の「おん☆かつ2021」が、公益財団法人加東文化振興財団によって2021年5月25日~28日、6月15日~19日の日程で開かれました。


今年で9年目になる「おん☆かつ」の特徴は、「子どもたちと音楽との豊かな出合いをサポートする」こと。最終日のホール公演に先駆けて、加東市内に9つある全小学校の4年生を主な対象に、本格的なクラシック音楽を届けるアウトリーチ公演が毎年開催されています。

今年は椿三重奏団の皆さんが市内の小学校とこども園を訪れ、ピアノ、ヴァイオリン、チェロによる演奏を披露。曲が誕生した背景や楽器の説明なども織り交ぜながらクラシック音楽に親しむヒントを子どもたちに伝えました。

今回、取材班は加東市立鴨川小学校と加東市立滝野南小学校のアウトリーチ公演に参加。椿三重奏団の演奏を鑑賞するとともに、主催する加東文化振興財団に「おん☆かつ」を始めた経緯や狙いを、演奏者の皆さんに地域で活動する思いについて伺ってきました。(文・写真/スタブロブックス)

児童の目の前でプロが本気の演奏を披露

アウトリーチ公演の時間になると児童たちが集合し、間もなく始まる年に1度の〝特別音楽授業〟を静かに待っている。担任の先生がアウトリーチの説明をしたのち、大きな拍手で迎えられた椿三重奏団の皆さんは所定の位置につくと、エルガー作曲の「愛の挨拶」を情感たっぷりに演奏し始めた。



椿三重奏団の高橋多佳子さん(ピアノ)、礒絵里子さん(ヴァイオリン)、新倉瞳さん(チェロ)の3名は、後述のようにそれぞれが日本を代表するソリストの方々。子どもたちはさぞ緊張しているだろうと思いきや、意外にも落ち着いて耳を傾けている様子。(むしろなぜかガチガチに緊張していたのは取材班でした……)


そんな中でも印象に残ったのは、身を乗り出して聴いていた女児の姿。



鴨川小学校の橋本喜貴校長先生の話では、姉妹でヴァイオリンを習っているのだそう。プロの演奏に間近で触れられる機会とあって、片時も聴き逃すまいという前向きな姿勢を感じた。


「愛の挨拶」を終えると、椿三重奏団の皆さんは自己紹介とともに楽器の歴史や音の出るしくみを解説。以降はソロに二重奏に三重奏にと、組み合わせを贅沢に変えながらクラシックの名曲を繰り広げていく。

たとえばヴァイオリンとチェロの楽器紹介のあとには、指で弦を弾いて演奏するピチカートとよばれる奏法を用い、シベリウスの「水滴」を弦楽器の二重奏で披露。まるでポタポタと水がしたたり落ちるようなイメージで心地よかった。

あるいは各楽器の音色を動物に見立てたプログラムでは、ディニクの「ひばり」をヴァイオリンとピアノの二重奏で、サン=サーンスの「白鳥」をチェロとピアノの二重奏で、ショパンの「子犬のワルツ」をピアノソロでそれぞれ演奏。曲の解説をしてくれていたこともあって、小鳥のさえずりのような高く華やかなヴァイオリンの響き、白鳥が優雅に泳いでいるような重厚でゆったりとしたチェロの歌心、子犬がくるくる回っているようなピアノの軽快な音色を、曲の背景にも思いをはせながら楽しむことができた。

アウトリーチ公演の終盤には、モンティの「チャールダーシュ」を迫真の三重奏で。手を伸ばせば触れられそうなほど近くでプロの本気の演奏を聴いた児童たちは、必ずや心に響くものがあったはずだ。



アウトリーチ後に椿三重奏団の皆さんに届いた子どもたちからの手紙には、「3人が合わさったときの迫力がすごかった」との感想が。


アウトリーチ終盤の質問タイムでは、「チェロを弾くとき重くないですか?」「ヴァイオリンの上の回すやつは何?」「ヴァイオリンの礒さんはチェロを弾けますか?」といった純粋かつストレートな質問も。



取材班が訪れたのとはまた違う学校では、「白鳥」を聴いてナマケモノを連想した児童や、オオカミが悲しみながら歩いている姿を思い浮かべた児童もいたそう。思いがけない発想に演奏家の皆さんは新しいイメージを得られたようだ。


鴨川小学校の橋本校長先生は、「アウトリーチは子どもたちに本物の音楽を聴かせられる良い機会。一人ひとりが何かを感じ取ってくれて、なりたい自分を目指してくれたら」と話してくれた。

クラシック音楽に触れ、
心を養うきっかけにしてほしい


クラシック音楽を通じた地域の文化芸術の底上げを目指し、一般財団法人地域創造が「公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)」をスタートしたのは1998年。演奏家が地域の学校や施設に訪れて交流するアウトリーチ活動と、ホールでの有料コンサートの2つを実施する事業として始まった。

その「おんかつ」を加東文化振興財団が採用し、「子どもたちと音楽との豊かな出合いをサポートする」という、加東市ならではの「おん☆かつ」として取り組み始めたのは9年前の2012年にさかのぼる。



加東文化振興財団の村上秀昭事務局長はつぎのように振り返る。


「それまでも市内のいくつかの学校で演奏会をおこなう機会はありましたが、すべての小学校に音楽の感動を届けたいと思っていました。そんなときに『おんかつ』に出合い、事業の趣旨に共感して導入を決めたんです」

アウトリーチ公演の主な対象を小学4年生にしたのには理由がある。

「4年生は、加東市が移行を進めている小中一貫教育の教育上の区切り(4・3・2制)でもある大切な年。(心が少し大人に成長し、複雑で抽象的な考えができるようになるとされる)この区切りの年に、プロの演奏に触れて心を動かし、豊かな人間性を育むきっかけにしてほしいのです」と村上事務局長。

加東市での「おん☆かつ」は、単発に終わることなく、市内にある全小学校の毎年の行事のひとつとして定着するまでになっている。

時に、演奏家、学校、ホール(やしろ国際学習塾)の日程調整に苦心することもあるが、「クラシック音楽には心を養う力がある」と言う村上事務局長をはじめ、加東文化振興財団の職員が力を合わせて開催の努力を積み重ねてきたからこそ9年も続いてきたのだろう。



もっともアウトリーチは演奏家の協力なくしては成立しない取り組み。「今年は加東市制15周年の節目の年ということもあって、豊かで厚みのあるアンサンブルを聴かせていただける椿三重奏団の皆さんに思い切ってオファーしました」


なお昨年からは、加東市内の小学6年生を対象に、ホールで狂言を観劇するプログラムも新たに始めた。加えて将来的には就学前の園児が音楽を楽しめる取り組みも検討している。

「感受性が豊かな時期に西洋のクラシック音楽や日本の伝統芸能に触れる機会を段階的に提供し、他の自治体との教育の差別化を図るとともに、加東市の教育目標でもある人間力の育成につなげるのが最終的な狙いです」と村上事務局長は思いを語る。

国内外で活躍するソリストが、
10年以上の共演を経てトリオ結成


「おん☆かつ2021」で感動を届けてくれた「椿三重奏団」はピアノの高橋多佳子さん、ヴァイオリンの礒絵里子さん、チェロの新倉瞳さんで構成される三重奏。



桐朋学園大学出身の高橋さんは、ピアニストにとってのオリンピックともいわれる第12回ショパン国際ピアノコンクールで5位入賞の実績を誇る、実力派のピアニスト。


礒さんは桐朋学園大学卒業後、ベルギー王国のブリュッセル王立音楽院に留学し首席修了。マリア・カナルス国際コンクールのほか多数の入賞実績をもつ。

新倉さんは桐朋学園大学音楽学部を首席で卒業後、スイスへ渡りバーゼル音楽院ソリストコース・教職課程の両修士課程を最高点で修了。第18回ホテルオークラ音楽賞受賞など国内外での受賞歴は数多い。

3名はそれぞれが日本を代表するソリストとして活躍する一方、10年以上前から共演を重ねてきた仲。お互いの音楽性を知り尽くし、満を持して2017年から3人での本格的な活動をスタートさせた。

「椿三重奏団」というネーミングの由来は、愛知県幸田町の「つばきホール」とのこと。日本原産の椿は18世紀にヨーロッパに渡り、「東洋のバラ」とよばれて人気を博した樹木であり、さらに白い椿には「完璧な美しさ」との意味も。英名のカメリアトリオなども検討したが、「日本人として西洋のクラシックに携わる自分たちのアイデンティティを大切にするため、すべて漢字にしようと決め、椿三重奏団にしました」と皆さん。

演奏家がホールで待つのではなく、
先に外に出向く趣旨に意義を感じて


アウトリーチの登録アーティストとして活動を始めたきっかけを3名に伺うと、それぞれに経緯や思いがあるのが見えてきた。

高橋さんは、地域創造がアウトリーチを始めた第1期生の登録アーティストのおひとり。「生活の中に音楽を取り入れてほしい」との思いを根底に演奏活動を続ける高橋さん。「ホールに音楽を聴きに来てくださるのは一見ハードルの高いこと。演奏家がホールで待つのではなく、私たちが先に地域に出向くアウトリーチの趣旨に強く意義を感じたんです」



当時は前例のない取り組みだったので、主催者と演奏者が手探りで進めていったという。「アウトリーチで地域の皆さんが音楽に触れ、ホールに足を運ぶきっかけにしていただければ嬉しいですね」


礒さんは、アウトリーチがスタートした数年後に3期生として参加。活動を始めて2年目に九州を訪れた際の経験が、アウトリーチにのめり込むきっかけになったそう。



「子どもたちと外でお散歩し、そのまま木の下でヴァイオリンを弾く流れだったんです。天候や楽器の準備に神経を使う難しい企画でしたが、演奏を聴いてくれたお子さんが『まるで風と共演しているみたい』と言ってくれて。その言葉にズキュンと心を打ち抜かれ、以来、アウトリーチにはまってしまいました」


新倉さんは学生時代、当時組んでいたカルテットのメンバーに誘われ、登録アーティストの次世代を育てる研修生として参加したのが始まりとのこと。



「人前で演奏し始めた時期でもあったので、どうやったら聴いてくださる方に伝わるのかを試行錯誤していました」と新倉さん。あるとき、当時取り組んでいた重たい曲を披露すると、子どもたちはその曲がいちばん良かったと言ってくれた。


「本気の曲でも子どもたちはしっかりと聴いてくれて、感想をダイレクトに返してくれる。そんなアウトリーチに学ばされることが多いです。何より、登録アーティストとして早くから取り組まれ、日本の音楽文化の底上げに貢献されてきたお二人と、椿三重奏団の一員として活動を共にできるのが嬉しいです」

クラシック音楽を知ることで、
文化芸術の見える景色が変わる


アウトリーチ公演で3名が共通して大切にしてきたのは、「自分たちが信じる本気の演奏をすること」

子どもたちに合わせると見破られる。「私たちが思っている以上に子どもたちは音楽を感じてくれて、本気の反応をぶつけてくれる。お客様との距離が離れたホールとはまた違う、得難い経験」と皆さん。

そのうえで、子どもたちの馴染みの曲を盛り込んだり、クイズを取り入れたりして楽しませる工夫も。新倉さんがフォーレの「シシリエンヌ」を高橋さんとのデュオで演奏した際には、事前に曲名の意味を3択クイズで示し、演奏後に答え合わせをする場面も。

高橋さんはその日の環境や子どもたちの雰囲気で急きょ、曲を切り替えることも。実際、梅雨空の中でおこなわれた滝野南小学校のアウトリーチ公演では、「急に弾きたくなって」とショパンの「雨だれ」をソロで披露。



かすかに響く雨音、小鳥のさえずり、遠くで子どもたちがボールをつく音……そんな当日の環境ならではの音がピアノの音色と合わさって、まるでアンサンブルになったような、アウトリーチならではの美しいひと時だった。




礒さんが子どもたちに伝えたいのは、「演奏家の音楽に至近距離で触れられるのがアウトリーチの醍醐味。ホールとは異なるダイレクトな楽器の音色を感じてほしいですね」


高橋さんは、「生活の中に音楽を取り入れると人生がとっても豊かになる、そのためにまず音楽を好きになってくれたら嬉しいです」

新倉さんは、「クラシックは何百年も続いてきた歴史ある音楽。知っていると他の音楽や文化に触れた際にも景色がより見えやすく、より楽しみやすくなりますよ」

「おん☆かつ」に継続して取り組む加東文化振興財団の思いにも通じる椿三重奏団の皆さんのメッセージ――きっと子どもたちの心に届いているはずだ。



(取材後記)

アウトリーチ公演が終了し、「おん☆かつ2021」の締めくくりとなる6月19日(土)、やしろ国際学習塾のホールでおこなわれた椿三重奏団コンサート。アウトリーチに参加した取材班はごく自然に興味がわき、ホールで生演奏を聴いてみたくなった。



そこでふと思ったのは、「これこそ、地域でクラシック音楽に触れ、ホールに足を運ぶ『おんかつ』ではないか」ということ。


椿三重奏団コンサートにはアウトリーチを経験した子どもたちも数多く参加。学校で演奏された曲のほか、第2部ではブラームスの「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op.8」を演奏。スケールの大きな曲を時に優雅に、時に3つの楽器が火花を散らすようなぶつかり合いをしながらの圧巻の三重奏に、会場がひとつとなった。

加東市の「おん☆かつ」は今後も続き、アウトリーチ公演とホール公演で子どもたちに感動を与え続けていく――。

TOP