稲坂グループ|「歯車」や「油圧ユニット」で日本のものづくりを下支え。躍進の原点にあるのが、「挑戦」を楽しめる企業風土

しごと紹介

1. 「挑戦」を課す社訓に支えられて

稲坂利文社長の取材中、もっとも印象に残った言葉が「挑戦」だった。あらためて音源を聞きなおすと、口にした「挑戦」の数は取材の冒頭30分ほどだけで約5回。何が稲坂社長を、そして稲坂グループを、挑戦に駆り立てるのか。

 

背景にあるのが経営環境だ。

 

円高、リーマン・ショック、人材不足、自然災害……国内のものづくり企業は激変する経営環境に翻弄され続けてきた。生産拠点を新興国に移して事業の継続を模索する企業も多いなか、稲坂グループは発展の礎を築いた創業地でのものづくりを大切にし、今なお成長を続けている。

 

その躍進の原点が「先代が残してくれた社訓にある」と稲坂社長は言う。

 

一、豊な明日へ挑戦
一、品質は我社の命
一、共に助合分合(たすけあいわかちあう)心

 

一つ目は「理想と信念をもち、常に挑戦し続けること」、二つ目は「顧客ニーズをつかみ、信用・信頼を勝ち取る提案とその実現に邁進すること」、三つ目は「社内のつながり、取引先とのつながりを大切にしていくこと」をそれぞれ意味している。

 

「この社訓が私たちに挑戦することを課し、〝稲坂の常識は世間の非常識〟を胸に刻んで改善を続けてきました。だからこそ今があるのです」

 

 

総力を結集して取り組む挑戦のひとつが、後述の「AI導入の取り組み」だ。これまで人の目に頼っていた一部製品の外観検査の工程を、ロボットとAI(人工知能)を組み合わせた検査装置に置き換える実証実験を続けている。

 

「お客様からの品質要求は厳しさを増す一方、人手不足は深刻な状況です。そうした中でAIも活用して品質をいかに向上させ、お客様に安心していただき、生き残っていくか――むしろ変化に対応する楽しみを求めながら挑戦を続けています」

 

稲坂社長の泰然とした言葉が物語るように、まさに稲坂グループは「挑戦を楽しめるものづくり企業」といえるだろう。

2. 〝ハラマキ〟が支えた創業期

創業は、戦後の1949(昭和24)年。創業者の稲坂重則氏が加東郡滝野町高岡(現・加東市高岡)の地に興した「稲坂鉄工所」が稲坂グループの始まりだ。

 

重則氏は神戸村野工業学校機械科を卒業後、新明和工業の前身である川西航空機に入社して戦闘機の開発に従事。戦争末期には、日本軍が切り札として投入した局地戦闘機・紫電改(しでんかい)の設計にも携わっている。

 

戦後は川西航空機が解体となり、東芝予備工場に就職。その後、重則氏は高岡の稲坂家に入り農業を手伝い始めると、脱穀機の作業能率の悪さやベルト位置の危険さに気づく。そこは根っからの技術屋である。ベルト位置を直角方向に変えるプーリーを開発すると、これが飛ぶように売れた。

 

そこで重則氏は、儲けを元手に中古の旋盤を3台購入するとともに職人を3人雇い入れ、義父が経営していた高岡の鎌工場跡地で稲坂鉄工所を立ち上げたのだった。

 

「創業当時、大阪に機械を仕入れに行っても、田舎もんには簡単には売ってくれなかったようです。そこで先代はハラマキに現金をしのばせ、その金で機械を買い足していったそうです」

 

創業者から聞かされたエピソードを話す利文社長も、ハラマキを〝護身具〟として使ったひとりだ。

 

「私も昔は集金時にはハラマキを巻き、回収した手形をその中にしまって持ち帰ったものです。手形を失くしたらただではすみませんからね」

 

3. 転機は、川崎航空機の疎開工場

農機具の部品製造でスタートした稲坂鉄工所は、創業間もなく祖業の歯車を手がけるチャンスに恵まれる。

 

滝野町下滝野に川崎航空機の疎開工場があり、戦後は川崎機械工業(現・川崎重工業株式会社)播州歯車工場として操業していた。重則氏は知人を介して同社との取引を実現し、下請けとしてダイハツやマツダの三輪トラック、オートバイや耕運機などの歯車の旋盤加工に携わることができたのだ。

 

「それ以降、現在に至るまで、川崎重工業様は最大のお客様として当社を育てていただき、今日の稲坂グループの礎を築くことができました。大変感謝しています」と利文社長は謝意を述べる。

 

 

その後、旋盤加工だけでなく、材料を歯車の形状にする歯切加工にも着手し、1958(昭和33)年には株式会社稲坂歯車製作所を設立。

 

昭和40年代以降には、鍛造設備と熱処理設備もそれぞれ導入し、歯車の完成品を一貫生産する体制を築き上げた。

4. 「一気通貫生産」と「多品種・少量生産」に強み

現在は丸棒の切断から精密鍛造、切削、熱処理、表面研掃、検査・測定まで一気通貫で生産 できる製造ラインを構築し、高品質な製品を顧客に提供している。

 

 

この一貫生産による強みを、稲坂社長はつぎのように話す。

 

「製造工程のすべてを自社で管理できるうえ、各工程を外注に出す時間とコストも削減できます。その結果、厳しい品質管理体制のもと、短納期かつ低コストで、高品質の製品を提供できるのです。さらにお客様にとっては、当社に発注してもらえば伝票一枚で品物が完成するわけですから、お客様の取引コストの負担も軽減できるわけです」

 

稲坂グループのもうひとつの特徴として、多品種・少量生産があげられる。大量生産品の製造はアジア新興国にシフトするなか、稲坂グループにはより難易度の高い製品の依頼が集中する。多品種に対応するためには、設備の種類もそれだけ必要になることを意味する。

 

「設備投資は中小企業の生命線」と稲坂社長が断言するように、稲坂グループは一貫生産体制の構築、そして多品種・少量生産の受け皿づくりのため、設備投資に何より力を入れてきた。

 

しかも驚くのは、無借金経営を続けながら設備投資をおこなってきたこと。

 

「お客様からいただいた仕事を懸命にこなして利益を上げ、儲けを新たな設備に費やすことで、最新の製造ラインを整えてきました。長期的な視点に立って健全な経営を指向する――先代から受け継いで以降、この考えは何ら変わりません」

5. 創業地を軸に3社体制の稲坂グループに

現在、稲坂グループでは長年蓄積してきたノウハウと最新の技術を駆使し、各種トランスミッションや減速機、および高圧ポンプ用歯車など、じつに2000余種におよぶ歯車やスプラインギアを製造している。

 

 

一方、歯車製造で培った加工技術を活かすことで、独自のミッション設計や組み立てノウハウとともに音の静かな稲坂製の各種変速機も生み出してきた。また、ポンプ用歯車は油圧ポンプ、シリンダー、バルブなど各種油圧部品に発展し、油圧技術はダンプユニットなどの軽四用特装ユニットにも展開されている。

 

 

製造品目の拡大と並行し、1972(昭和47)年には油圧機器関連部門を分離独立し、稲坂油圧機器株式会社を設立。さらに2006年には株式会社稲坂プレス工業を設立し、稲坂歯車製作所と合わせて3社体制の稲坂グループに発展している。

 

製造拠点も拡充し、現在は創業地の加東市に6拠点、加西市に2拠点、静岡県袋井市に1拠点、国内で計9拠点を数えるまでに成長している。

 

稲坂油圧機器株式会社 滝野第二工場

 

株式会社稲坂歯車製作所 本社工場

6. 手厚い福利厚生やレクリエーションで働きやすい組織づくり

2020年7月には、稲坂プレス工業の工場がある加西市繁昌町に社員寮「In Stage繁昌」を完成させた。県外の人材を採用した際にも安心して住居を提供できるよう、自社物件として積水ハウス・設計施工による良質な社員寮を確保している。

 

 

そのほか、家族を招いた「運動会orソフトボール大会+バーベキュー」や「社員旅行」はいずれも人気行事で、自由参加ながら毎年数多くの社員が参加する。加えて野球部やテニス部、釣りなどのクラブ活動やレクリエーション活動も盛んで、仕事を超えた和が広がっているのが稲坂グループの特徴だ。

 

7. 求める人材像は「欲張りな人」

そんな稲坂グループの求める人材像を稲坂社長に質問すると、「欲張りな人ですね」との答え。

 

 

「仕事を楽しみ、前向きに挑戦するためには欲張りやないといけません。人手不足が続いていますが、ものづくりに興味のある人を積極的に採用していきたいですね」

 

人材育成の取り組みも充実していて、新入社員研修に始まり、3年目研修、職制研修、カイゼン活動などに加え、各種技能検定の資格取得もサポート。専門技術の習得を支援するとともに、信頼される人に成長できるような教育制度になっている。

8. 製造業の常識を覆す挑戦を

最後に、今後の展望をうかがうと、「挑戦やな」とひと言。

 

稲坂グループでは、厳しい品質管理体制のもとにカイゼン・改良を積み重ねてきた歴史がある。

 

「その体制をさらに強化するべく、安全管理手法の3H(初めて・変更・久しぶり)に柔軟に対応できる組織づくりを進めています。加えてお客様目線で自社の体質改善をいかに図るかといった組織改革、作業記録カメラを活用した職場環境の改善活動など、高い目標を掲げて組織力や経営力の強化に努めています」

 

 

さらに2019年には、航空機業界への参入を目指して、航空宇宙・防衛産業に特化した品質マネジメントシステムに関する国際規格「JIS Q 9100(航空宇宙)」を取得。よりハードルの高い業界にチャレンジし、技術革新と品質レベルの向上を貪欲に追求していく考えだ。

 

そして、製造現場の改革として力を入れているのが「AI導入の取り組み」である。一部製品の外観検査の工程を、ロボットとAI(人工知能)を組み合わせた検査装置によって自働化するべく挑戦を続けている。

 

「外観検査は良い眼と集中力が求められるので若手の投入が望まれますが、昨今の人材不足で自働化を求める声が現場から出てきました。お客様から求められる品質レベルも従来の100ppm(1万個に1個)程度から近年は10分の1の10ppm(10万個に1個)にまで厳しくなり、人の目だけに頼れない状況になっているのです」

 

ただし、外観検査の自働化は難易度が高いうえ、多品種少量生産の製品チェックとなるとなおさら困難を強いられる。それでも今までの常識を変える必要があると考え、AIを搭載したシステムを導入し、実証実験を続けている。

 

この取り組みが軌道に乗れば、検査作業の生産性が高まるだけでなく、若手人材を検査以外の開発などの仕事に配置することも可能となる。

 

「創業地で商売を続けさせてもらっていることに感謝し、社員全員が改善意識を持ち続け、品質のさらなる向上と挑戦を続けていきますよ」

 

稲坂社長の力強いその言葉の裏に、「挑戦」に対する覚悟が現れていた。

経営者紹介

株式会社稲坂歯車製作所・稲坂油圧機器株式会社 代表取締役 稲坂利文さん

1. 肩書のない名刺で学ぶ

稲坂歯車製作所に入社したのは1971(昭和46)年です。それまでは大阪の物流システムの会社で働いていたのですが、以降、当社でお世話になって今年(2021年)ではや半世紀になりました。

 

 

入社後は現場に入って研鑽を積み、入社2年後からは年の半分を四国で過ごし、農業機械 関係の立ち上げに携わりました。

 

他方、入社翌年の1972(昭和47)年に稲坂歯車製作所の油圧機器関連部門が分離独立することになり、稲坂油圧機器株式会社が新たに立ち上がりました。その設立と同時に、私が稲坂油圧機器の社長を任されることになりました。

 

といってもまだまだ見習いの身ですからね。最初は肩書のない名刺をもたせてもらったんです。おかげ様でお叱りも含め、さまざまな学びをいただくことができました。今でも感謝しています。

2. 管理者研修で具現化した社訓をもとに挑戦を続けていく

当社の社訓は、先代がいつも言っていた言葉をもとにつくったんです。ちなみにこの社訓には「管理者用」と「社員用」の2つのパターンがありましてね。立場によって求めるレベルを変えているんです。

 

1988(昭和63)年から続けてきた管理者研修の第1回生の卒業記念として1泊2日の合宿を実施し、社訓を管理者用と社員用の2つに具現化したのが始まりです。以降、先代から続く稲坂のDNAとして守り継いできました。

 

今後も社訓にある「挑戦」を続け、この激動する21世紀を生き残る企業であるために、より一層の顧客満足を追求してまいります。

 

従業員紹介

稲坂油圧機器株式会社 前田展明さん

地元で働きたい――ご縁あって稲坂油圧機器に

 

加東市の隣の加西市にある北条高校を卒業後、野球のスポーツ推薦で佛教大学に進学しました。大学時代は部活と勉強の文武両道で充実した4年間を過ごしたのち、就職活動では大好きな地元で働くことを希望しました。

 

 

卒業後は実家に戻って兵庫県警に就職したのち、ご縁があって稲坂油圧機器に入社しました。父のいとこが稲坂歯車製作所で働いていることもあり、両親から紹介を受けたのがきっかけですね。

 

「こんな製造業があるんや」

 

入社後、現在まで滝野工場で勤務しているのですが、文系出身なので製造業の知識はほとんどありませんでした。最初は、テレビでよく目にする流れ作業のようなイメージをしていたんです。でも実際にはまったく違いましたね。

 

ひと言で言うと、「こんな製造業があるんや」と(笑)。マシニングセンターなど数多くの工作機械が並んだ姿が壮大で驚いたんです。

 

 

入社後はマシニングセンターに品物(おもにケーシング)を脱着する作業、そして箱詰め作業を担当しましたが、正直、最初はおもしろさを見出せませんでした。ですが安定して取り付け作業ができるようになると意識が変わりました。目標数を自ら設定するなど、数の意識を持つことで、セッティングを工夫する楽しさが生まれたんです。

 

その後、刃物の基本や扱い方を教わり、自ら加工プログラムの作成を担当するようになってからは、ものづくりの楽しさが増していきましたね。

 

 

私の場合、未経験で入ったからこそ、先入観やプライドなく取り組めて逆によかったのかもしれません。わからないことはとにかく全部聞くように努めました。

 

稲坂油圧機器の滝野工場は若手が多く、年の近い従業員に囲まれていたので聞きやすい雰囲気がありましたし、丁寧に教えてくれる風土もあるので本当に助かりました。

 

指導する立場としての楽しみ

 

入社して9年目、現在は30人弱のグループの班長(2人班長のひとり)を任されています。自分が伝えたことを理解してくれて、その人の不具合が減ったり、教え方が分かりやすいと言ってくれたら嬉しいですね。

 

 

稲坂グループの仕事の魅力……いろいろありますが、製造業の現場という点でみると、マシニングセンターのほか、フライスやホーニング、旋盤、研磨機、熱処理など特殊な装置も含めて工作機械の種類が多い点ですね。技能検定の練習で必要となる工作機械は社内ですべて揃いますし、扱う素材も多いので、ものづくりに興味のある人にとってはワクワクできる仕事だと思いますよ。

 

加工図面を読解してプログラムを作成し、マシニングセンターにドリルやエンドミル、タップなどの刃物を取り付けて品物を削るのは、ものづくりが好きな人にとっては最高の現場だと思います。

 

稲坂グループに入社を検討している若手の皆さんには、「やる気さえあれば全力でサポートしてくれる環境があるよ」と伝えたいですね。私のように未経験で入ってもやればできる環境がありますし、わからなくてもしっかり教えてくれて、がんばれば任せてくれる先輩や上司がいます。成長しやすい環境だと実感しますね。

 

ちなみに稲坂グループには野球部があって、滝野工場には部員がたくさんいます。野球や運動が好きな人、ぜひいっしょに汗を流したいですね。さらに社員旅行や運動会、ソフトボール大会、バーベキューなど社内行事もたくさんあり、公私ともに楽しめる環境が整っているのも魅力の会社です。

 

自分がみんなを引っ張っていける存在に

 

プライベートでは小野市に家を建て、妻と2人の子どもの4人家族で住んでいます。生まれ育った加西市はもちろん、北播磨の田舎の雰囲気はほのぼのして大好きなんです。公園も多いので子どもと遊ぶ場所に困りませんしね。子どもたちにはのびのび育ってほしいと願っています。

 

今後の目標は、これまで教わったことを糧にして、みんなを引っ張っていける存在になることです。現場で日々、改善活動に取り組む中、まず自分が実践することで背中を見せ、まわりのみんながついてきてくれるような、そんな存在に成長できるようがんばっていきます。

 

 

文・写真/高橋武男

会社情報

会社名称 稲坂グループ(株式会社稲坂歯車製作所、稲坂油圧機器株式会社、株式会社稲坂プレス工業の3社で構成)
本社所在地 〒679-0222兵庫県加東市高岡681(稲坂歯車製作所本社)
事業内容 オートバイ・農機用など各種歯車一貫加工(精密鍛造・切削・熱処理・研削・組立)、トランスミッション、油圧ユニット、ギアポンプ(稲坂歯車製作所)/方向切替弁、圧力制御弁、流量制御弁、精密ギアポンプ(稲坂油圧機器)/オートバイ、農機用各種歯車等の精密鍛造品(稲坂プレス工業)
HP http://www.inasaka.com/
TEL 0795-48-2450(稲坂歯車製作所本社)

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