阿江ハンカチーフ(2)『祖業の播州織技術を活かして異分野に進出し、自社ブランド展開を軌道に――

前回の記事:阿江ハンカチーフ(1)『明治初年から続く播州織の老舗企業。〝一代ごとに第二創業〟で家業を発展させる』

「このままではあかん」――産地衰退の危機意識をバネに新事業を模索

創業明治初年。播州織の老舗として150年の歴史を誇る阿江ハンカチーフ株式会社が初めて手がけた自社ブランドは、地場産業のイメージとはかけ離れた「ゴスロリ調の傘」だった。



「ゴスロリ(ゴシック&ロリータの略)」とは、ポスト・パンクの流れから生まれた黒を基調としたゴシックと、少女のあどけないかわいらしさを表現した〝大人の少女服〟ロリータを日本独自のファッションスタイルで融合させたジャンルのひとつをさす。

播州織の伝統である平織りのシャツ生地からスタートし、四代目の時代からは高級ハンカチの製造に特化してきた阿江ハンカチーフ。どのような経緯でゴスロリにたどり着いたのか。

「転機は、2006年に東京インターナショナルギフトショーに出展したことでした」と五代目の阿江克彦社長は振り返る。



地場産業が衰退局面にさしかかっていた1996年に家業に戻った阿江社長は、播州織の技術を活かした新事業展開の模索をはじめた。

「当時の業績は安定はしていたものの、産地の苦境をふまえればその状況がいつまで続くかわかりませんでした。このままではあかんという危機意識のもと、新しい取り組みにチャレンジできる余裕があるうちに、ハンカチの次なる柱を打ち立てようと考えたのです」



先代の父から2004年にバトンを譲り受け、五代目を継いだ阿江社長は、独自ブランドの開発に本格的に乗り出すことになる。

そして産地の特許技術であるクラッシュ加工(よこ糸の配列を柔らかな曲線に移動させる技術)をはじめ、播州織の特徴を活かせるポーチやパジャマ、トランクス、傘を試作して出展したところ、最も評判がよかったのが「傘」だったのだ。

市場調査で見出した〝ゴスロリ〟というニッチ市場

播州織の高級傘には商機がある――そうにらんだものの、後発だけに傘業界に真正面から挑んでもかなわない。そこでコンサルティング会社に依頼して市場調査を行い、コンセプトを絞り込むことになった。

「播州織の高級生地を使うと売値は1万円以上になるため、百貨店で売られているようなヨーロッパの有名ブランドと同じ価格帯で商売しなければなりません。そうした高級品に対抗し、なおかつ買っていただくためにどういうスタンスで傘業界に参入すればいいか。高品質の商品を小ロットで動かせる中小の強みを活かすならば、やはりニッチ市場しかないとの結論になりました。そこでニッチャーとして勝負するならどういう切り口があるか、市場調査を依頼したのです」

その結果、公募したデザインでつくるアート傘や、健康や環境を意識したロハス志向の傘などさまざまな提案を受けたなか、阿江社長の目を引いたのが〝ゴスロリ〟だった。

「ゴスロリのファッションには傘が必須で、ファンの方々は強いこだわりから気に入ったアイテムの出費は惜しまないと知りました。小さいながらもひとつの市場ができ上がっているマニア向けをターゲットにするのは面白いと感じたのです」



さらに既存の傘は、ゴスロリファンの期待に応える品質を兼ね備えているとはいいがたかった。たとえば傘の生地は撥水加工を施すとゆがみが生じるため、あらかじめ完成形のデザインを計算して織る必要がある。生地の継ぎ目がわからないよう工夫しなければ模様がきれいに見えない難しさもある。

「播州織のハンカチ製造で培った技術力を駆使すれば、ファンの方々に評価していただける高品質の傘をつくれると判断し、最終的にゴスロリの路線で勝負しようと決めたのです」

播州織の老舗企業がゴスロリ傘――。

産地に驚きを与える決断に違いはなかったが、新しい取り組みをはじめるためには常識にとらわれない柔軟な発想が求められる。四代目がシャツ生地からハンカチに舵を切ったように、五代目の現社長が自社ブランド展開という新たな第二創業にチャレンジすることになったのだ。

ゴスロリ調の傘を扱う自社ブランド「Lumiebre(ルミエーブル)」を立ち上げ

ハンカチが傘に変わっても、織りの本質は変わらない。正方形のハンカチに対して、傘は三角形に織った小間(こま)生地を縫い合わることになる。

同社は正方形に仕立てるハンカチの技術を応用し、正確な寸法で織った小間生地をつなぎ合わせる「小間合わせ」を駆使することで、播州織の高級生地を使ったゴスロリ調の日傘・雨傘の開発に成功。

2008年8月に自社ブランド「Lumiebre(ルミエーブル)」を立ち上げ、販売を開始することになった。

しかし高級ハンカチのOEMに特化してきた同社には販売ルートはなく、自社店舗もない。そこで商品の魅力をファンに訴求するためにネット通販をはじめることになった。

「とはいえ社内に詳しい人はいませんでしたから、すでにネット通販をされていた先輩経営者のもとで妻が勉強させてもらい、手探りで販売サイトを立ち上げたんです」

すると既存の傘にはない品質の良さが評価されて注文数が増え、次第に受発注や在庫管理、発送業務などが手に負えなくなっていく。

アパレル人材の採用でブランディングを加速、〝ゴスロリ傘はルミエーブル〟と認知

「そこでウェブ担当者に加え、アパレル業界経験者を採用し、ネット通販とブランド展開を一任することになりました。とくにアパレル業界にいたスタッフには〝何をどう売っていくのか〟というマーチャンダイジング全体の統括を任せました」

具体的には受発注や在庫管理のシステム化に取り組むとともに、専門誌への広告掲載や合同展示会への出展を重点的に行った。さらに個人オーナーが経営するブティックにも営業を展開し、広告による空中戦と展示会や店舗販売という地上戦を平行していった。

「加えて当初はデザインは外注していたのですが、社内デザイナーも採用して独自路線をより強めていきました。一連の戦略が軌道に乗ってルミエーブルは人気ブランドに成長し、ファンの間で〝ゴスロリ傘はルミエーブル〟と認知していただくまでになりました」

ブランドの定着とともに売上も順調に拡大し、いまやルミエーブルは全社売上の15パーセントを占めるまでに。2011年には、ルミエーブルの小間合わせの織物技術が評価されて「ひょうごものづくり技術大賞」を受賞している。

「受賞した商品『CONCERTO(コンチェルト)』は傘を一枚のキャンバスに見立て、ブランドシンボルの蝶を全面にデザインした日傘です。2枚のパネルに渡って大きく舞う蝶を表現するために小間合わせの技術を駆使しています」



現在はレインコートや雑貨も展開し、とくにレインコートはデザイン性が評価されて売上を伸ばしているという。



「ルミエーブルの顧客層を分析すると、じつはマニアの方よりも一般のお客様の売上が7割ほどを占めているんです。当初の課題だった百貨店との差別化ができてきた証拠だとみています」

百貨店が扱うブランド傘は上品で落ち着いたデザインが多い。そういうブランド傘はTPOを選ばず使える利点はある一方、可愛いデザインが好きな人にとっては物足りなさを感じるかもしれない。

「その点、ルミエーブルの傘は個性的なので、〝他の人とは違う可愛らしい2本目の傘がほしい〟というニーズを捉えることができているようです。当初の想定にはなかった展開ですが、ゴスロリテイストを加味した一般のお客様向けの商品もさらに充実させていきたいですね」



アニメ・ゲームの影響で海外でも人気に。今後は中国市場を重点開拓

ルミエーブルは日本市場だけでなく、海外でも認知度を高めているという。きっかけは、日本のアニメ・ゲームだ。

日本のアニメやゲームとコラボし、オリジナル傘をコラボレーションしたところ、大ヒットを記録。日本のアニメやゲームは海外でも人気なので、ゴスロリやルミエーブルの認知度が海外市場に広がっていったのだ。



「なかでも人気なのが中国です。当社のスタッフが中国のアニメ・ゲームイベントに積極的に出展し、ルミエーブルの販促に力を入れてくれています。中国市場の大きさは日本の比ではないので、今後も中国をはじめとした海外での自社ブランド展開を加速していきたいですね」

たとえ日本市場が縮小しても、海外に目を転じれば広大なマーケットが拓けている。

播州織に限らず、地場産業の産地で高品質のものづくりを続けてきた企業にとって、ビジネスチャンスはまだまだ尽きない。阿江ハンカチーフの海外展開は、その可能性をこじ開けた好例といえるだろう。

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文・写真/高橋武男

【会社概要】
名称:阿江ハンカチーフ株式会社
事業内容:ハンカチーフ製造、各種生地製造、自社ブランド運営
所在地:〒679-0212兵庫県加東市下滝野593-1
電話:0795-48-2031
http://www.aehandkerchief.jp/

 

 

 

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